D2C分析

D2C業界のM&Aについて

近年インターネットやスマートフォン、SNSの普及に伴い、D2C業界は急激に発展しています。

消費者の情報との接点がデジタル上にシフトしつつある中で、ブランドが直接消費者とコミュニケーションを取りマーケティングを行うことができるD2Cモデルは、大企業優位だった市場において大きな可能性を持っています。

一方で、大企業もこの激しい競争下で変化に対応し生き残る必要があります。

そこで、有効な生き残り戦略としてD2C企業のM&Aが活発に行われています。

今回はその動向について、個別のM&A事例と共にご紹介します。

D2Cとは

 

D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、消費者に商品を直接販売するビジネスモデルを指します。

仲介会社を介さずに、自社で企画・製造した商品をECサイト等の自社チャネルで販売します。

これによって余計なコストを削減することができます。

さらに、上流から下流まで一気通貫で行うことによって、ブランドイメージを正確に伝えることができます。

また、より細かい顧客データを収集することで、マーケティング戦略に活かすことが可能です。

個別のM&A事例

ここからは、大企業によるD2C企業のM&A事例を個別にご紹介します。

資生堂:ドランクエレファント買収

出典リンク:資生堂‐化粧品・美容の情報


買収:資生堂
売却:Drunk Elephant Holdings, LLC(拠点:アメリカ 創業:2012年)
買収額:910億円
買収された年:2019年

 

資生堂はアメリカ発のスキンケアブランドである「DRUNK ELEPHANT」を所有するDrunk Elephant Holdings, LLC を2019年に買収しました。

買収額は8億4500万ドル(約910億円)です。

 

事業概略

買収側の資生堂は、日本発の「グローバルビューティーカンパニー」を目指し、スキンケアやメイクアップ等の化粧品事業を中心に、ヨーロッパやアジアにも事業を拡大しています。

売却側のドランクエレファント社は、アメリカでTiffany Masterson氏が2012年に創業し、「DRUNK ELEPHANT」のスキンケアブランドを展開しています。

同ブランドでは、Msterson氏が独学で処方や成分を学び、刺激になりにくく馴染みやすい原料のみを慎重に厳選した商品を展開しています。

肌の健康に直接寄与する成分や効果をサポートする原料のみを使用する独自の商品によって、アメリカの若年層を中心に幅広い世代から支持を得ています。

また、ソーシャルメディア等を活用したデジタルマーケティング力にも優れており、アメリカ市場を中心に急速な成長を遂げています。

2019年には、ブランドを開始してからわずか7年で100億円を超える売上高を達成しました。

 

M&Aの目的

①コア事業であるプレステージ・スキンケア事業の強化

人体や環境に優しいクリーンな製品を求める消費者の価値観の変化に伴って、”Clean市場”が世界規模で拡大しています。

このようなクリーン市場がグローバルで拡大する中、身体や環境に優しい製品を展開するドランクエレファントはアメリカを中心に幅広い世代から支持を得ています

資生堂は同ブランドの製品について、今後は米国にとどまらずグローバルに大きな需要が見込めると考えています。

大きな需要のポテンシャルを有するドランク・エレファントを傘下に収めることで、資生堂の主力であるプレステージ・スキンケア事業を強化する狙いがあります。

 

②収益性の高いスキンケアブランドの獲得によるグローバルブランドポートフォリオの強化

ドランクエレファントは2012年創業ですが、その後わずか7年後の2019年12月期には前年比66%増の100億円を超える売上高を達成しています。

また、クリーン市場は米国だけでなく、欧州や中国にも拡大しています。

そこで、M&Aを通じて資生堂のプラットフォームや経営資源を活かし、ドランク・エレファントのグローバル市場での事業拡大を目指します。

既存の欧州での事業拡大だけでなく、将来的にアジアを含むグローバル市場での事業展開を見込んでいます。

 

③デジタル・D2Cマーケティングの強化

価値観の多様化に伴って、パーソナライズされた情報の重要性が高まっています。

また、消費者がSNS等を通じて国内外の様々な情報に触れやすくなることで、流行の変化も早まっています。

ドランク・エレファントはMasterson氏によるSNSを活用した独自の顧客コミュニケーションにより、ブランドへの高い信頼を築いている実績があります。

資生堂は、D2Cに強みをもつドランク・エレファント社のノウハウを活かしてグループ全体のデジタル、D2Cマーケティングの強化を図っています。

出典リンク:資生堂、革新的なプレステージ・スキンケアブランド「DRUNK ELEPHANT™」を取得 | ニュースリリース詳細 | 資生堂 企業情報

出典リンク:資生堂2019年度 有価証券報告書

出典リンク:資生堂が買収した米D2Cブランド「ドランク エレファント」が10月に日本上陸

 

ポーラ:FUJIMI(フジミ)を展開するトリコ買収

出典リンク:ポーラ・オルビス ホールディングス

 


買収:ポーラ・オルビスホールディングス
売却:トリコ株式会社(拠点:日本 創業:2018年)
買収額:38億円
買収された年:2021年

 

ポーラ・オルビスホールディングスはトリコ株式会社を2021年に買収しました。

当初、トリコ社はポーラ社の投資先会社でした。

しかし、株式の保有を通じて、マーケティング活動や事業成長をモニタリングした結果、グループ傘下に入ることでシナジーの発揮が期待できるとして買収に至りました。

買収金額は38億円です。

 

事業概要

買収側のポーラ・オルビスは化粧品事業を中心に展開しています。

代表ブランドである「ポーラ」と「オルビス」を中核に、基幹ブランド・海外ブランド・育成ブランドの3軸で、国内のみならずアジアや北米などの海外でも商品を展開しています。

売却側のトリコは、2018年創業で国内で美容に関するプロダクト事業とメディア事業を手がけています。

プロダクト事業では、美容分析から顧客一人ひとりに合わせてパーソナライズする、パーソナライズビューティーブランドFUJIMIを展開しています。

InstagramだけでなくTwitterやYouTube等のSNSを活用したマーケティング戦略により、現在の事業規模は月商2億円にまで拡大しています。

 

M&Aの目的

このM&Aの狙いはトリコの事業拡大です。

トリコ社はポーラ社の投資先会社であり、株式の保有を通じて、マーケティング活動や事業成長をモニタリングしていました。

その結果、ポーラ社はトリコ社の経営力を高く評価しています。

また、トリコ社の事業はポーラと親和性が高く、研究開発技術の活用、生産、物流面でのシナジーの発揮が期待できます。

トリコ社の成長をより加速させることができると共にポーラ社の事業強化に繋がるとしてM&Aが成立しました。

出典リンク:パーソナライズビューティケアFUJIMIを提供するトリコ、ポーラ・オルビスホールディングスにグループ入りのお知らせ。

出典リンク:2年弱で月商2億規模──化粧品大手のポーラがパーソナライズスキンケアのD2Cを買収した狙い | DIAMOND SIGNAL

出典リンク:グループについて | グループの全体像 | ブランドポートフォリオ

 

ワコール:IO社買収

出典リンク:ワコール・Wacoal|女性下着(ブラジャー・ショーツ)ワコール公式サイト


買収:ワコールホールディングス
売却:Intimates Online, Inc. (拠点:アメリカ 創業:2015年)
買収額:92億円
買収された年:2019年

 

ワコールホールディングスは2019年8月に女性用インナーウェアブランド「LIVELY」を所有するIntimates Online, Inc. を買収しました。

買収金額は約92億円です。

 

事業概要

買収側のワコール社は日本発の女性用下着メーカーです。

ワコールは創業以来、研究・開発・生産・販売に至るまで独自のバリューチェーンを構築しています。

現在では、直営店および自社ECで保有する約280万人の顧客データに加えて、百貨店が保有する約70万人の顧客データを直接管理する仕組みを構築しています。

膨大な顧客データを活用しながら製造から販売まで一貫して管理することで、独自のマーケティング戦略の構築を目指しています。

売却側のIntimates Online, Inc.(以下IO社)は「LIVELY」ブランドの女性用インナーウェアの商品企画・小売販売を行っています。

2015年にアメリカで創業した典型的なDNVB企業のひとつです。

自社で商品開発を行い、その商品を自社のEコマースで販売しています。

 

・DNVBとは、自社で商品の企画開発を行い、製造品質にも責任を持ち、その商品を自社のEC(Eコマース)チャネルで直販する。その名のとおり、川上から川下まで、垂直的にすべてのバリューチェーンに責任を負うブランド。自社のECが主要チャネルのため、顧客情報を直接保有するのが特長。

・D2Cのプラットフォームとの本質的な違いは、顧客と一緒になってブランディング、つまり、ブランドの共創を行う点。ブランドの理念や体験した価値への共感を、SNSなどのデジタルメディア上で展開・共有しながら、消費者の行動を連鎖的に喚起する。

引用:米国子会社を通じた「Intimates Online, Inc.」社の買収について -DNVB「LIVELY」の取得でEC市場での成長機会の創出と競争力を強化-

 

M&Aの目的

①EC市場での競争力の強化・デジタルマーケティングの強化

IO社はSNS発信を活用し、顧客同士のコミュニティを構築することで消費者の行動を喚起する独自のデジタルマーケティング手法を採っています。

 

②海外事業の成長加速

ワコール社はすでにアメリカの若年層を中心に支持を得ている「LIVELY」ブランドを獲得することで、Eコマース売上やデジタルマーケティング手法を通して、新興国を中心とした将来の事業成長を見込んでいます。

また、ワコール社の商品開発力や製造品質、海外の事業インフラを活用することでIO社の成長スピードをより高めることができます。

 

③ミレニアル世代の顧客獲得

IO社の顧客の49%がミレニアル世代(1981-96年生)の中核である25〜34歳です。

ワコールはIO社を傘下に置くことで、従来の主要顧客層とは異なるミレニアル世代の顧客獲得を見込んでいます。

出典リンク:【DNVBの事例⑯】ワコールが買収したDNVBインナーウエアブランド・LIVELY – SEEDATA GLOBAL

出典リンク:米国子会社を通じた「Intimates Online, Inc.」社の買収について -DNVB「LIVELY」の取得でEC市場での成長機会の創出と競争力を強化

 

P&GのM&A

出典リンク:Procter & Gamble

 Procter&Gamble(以下P&G)は、近年D2C企業の買収に積極的な姿勢をとっています。

いくつかの事例をご紹介した後に、P&GのM&Aの目的や方針についてご説明します。

 

P&Gの事業概要

P&Gは1837年創業で、洗剤や化粧品などを製造・販売している世界最大の一般消費財メーカーです。

具体的には、ヘアケアブランド「パンテーン」やファブリックケアブランドの「アリエール」など日本でも馴染みのあるブランドを多く展開しています。

世界180カ国以上で事業を展開しており、優れたブランド・マーケティング戦略が強みです。

P&Gは製品、パッケージ、小売店での販売、価値観など全ての要素において顕著な優位性を提供することを重要視しています。

 

売却企業の事業概要

①Native Cos


買収:P&G
売却:Native Cos(拠点:アメリカ 創業:2015年)
買収額:1億ドル(1.1億円)
買収された年:2017年

 

Native Cosは天然成分を使用したナチュラルデオドラントブランドです。

2015年に設立され、2017年にP&Gに買収されました。

買収額は約1億ドルです。

Nativeは天然成分を使用するだけでなく、製品の成分をインターネット上でしっかりと開示していました。

当時、消費者の成分の透明性に対する関心が高まっており、Naiveはこのトレンドを上手く捉えたブランドでした。

また、Nativeはデジタルマーケティングをうまく活用し、顧客と直接コミュニケーションをとりながら商品の改善を行うことで、創業2年目には顧客のリピート率を50%にまで伸ばすことに成功しています。

出典リンク:Native Deodorant | Clean. Simple. Effective.

出典リンク:P&G は、なぜ D2C ブランドを買収し続けるのか?:「ECとD2Cは伸びている」

出典リンク:P&G has acquired Native natural deodorant brand

 

②Walker & Company Brand 


買収:P&G
売却:Walker & Company Brand (拠点:アメリカ 創業:2013年)
買収額:非公開
買収された年:2018年

 

Walker & Company Brandはアメリカで有色人種向けに健康および美容製品を提供するブランドを保有しています。

2013年に設立され、2018年にP&Gに買収されました。

買収額は非公開です。

この企業は有色人種向けに健康および美容製品を提供するブランドを保有しています。

このM&Aによって、P&Gは有色人種というセグメントに特化した知見をもつチームを手に入れました。

また、多文化共生社会に共鳴している企業であるという評価も得ることができました。

今後は、ECサイト上だけでなく、P&Gの販売チャネルを通じて世界で有色人種向けの製品を販売することができます。

出典リンク:コクヨもミツカンも資生堂も。大企業が導入する「3つのD2C」モデル

出典リンク:Procter & Gamble acquires Walker & Company, Tristan Walker will remain as CEO

出典リンクWalker & Company – Making Health & Beauty Simple for People of Color

 

③This is L


買収:P&G
売却: This is L(拠点:アメリカ 創業:2011年)
買収額:1億ドル(約110億円)
買収された年:2019年

 

This is Lは2011年にアメリカで創業した女性向けオーガニックヘルスケアブランドです。

2019年にP&Gに買収され、買収金額は100億ドル(約110億円)です。

創業者のTalia Frankelはもともと国連や赤十字による人道的支援の現場を取材してきたフォトジャーナリストでした。

世界の貧しい地域で、多くの女性が自分の体を守りケアする権利がないがしろにされている状況を目の当たりにしたことが起業のきっかけでした。

This is Lは商品の原材料や製造過程をしっかりと公表する透明性の高さでも支持を集めており、情報開示に積極的なP&Gとも親和性が高いです。

出典リンク:FemBeat: P&G Acquires Organic Period Care Startup This Is L.

 

M&Aの目的

 

①新分野でのビジネス展開の機会

自社の取り入れたい特定の分野に強いブランドを買収することで、自社で一から開発し競争力のあるブランドを育成する必要がなく、時間や費用を抑えて事業範囲を広げることができます。

特に、P&GはニッチなD2Cブランドの買収により、中小のブランドならではのオーガニックな魅力の取り込みを狙っています。

実際に、P&Gは各ブランドの買収後もP&Gの傘下であることを消費者にあまり明らかにしないようにしています。

消費者にとって大手ブランドの魅力が低下している中で、このような従来とは異なる新しいブランドマネジメントを行っています。

 

②データとマーケティング知見の獲得

P&Gは伝統的な卸売の形態をとってきましたが、世の中がオンラインにシフトする中で、消費者との直接的な接点を持つことは非常に重要です。

D2C分野では卸売では得ることが難しかった顧客データを管理することができます。

そこで、豊富な資金力を活用してD2C企業を買収することで、短期間でD2C企業が蓄積した顧客データと顧客へのアプローチ手法のノウハウを手に入れることができます。

また、マーケティングの知見は買収ブランドの育成のためだけでなく、自社の他のブランド育成にも活かすことができます。

 

ECブランドに買収に特化した集団Thrasio(セラシオ)

出典リンク:Thrasio: Sell Your Amazon FBA Business

Thrasioとは?

ここまで、大企業によるD2C企業の買収について個別の事例と共にご紹介しました。

一方で、近年アメリカでは確立されたD2Cブランドを買収するビジネスモデルのスタートアップ企業も増えています。

その代表としてあげられるのがThracio(セラシオ)という会社です。

セラシオは主にアマゾンに出店しているECブランドを買収し、協業することで事業成長を促し、グループ拡大を推進していくユニコーン企業です。

ユニコーン企業とは創業10年以内で評価額10億ドル(約1040億円)を超える未上場のスタートアップ企業と定義されています。

セラシオは2018年にアメリカで創業し、創業から2年で評価額1000億円を超え、「世界最速の黒字ユニコーン」といわれています。

出典リンク:Thrasio: Sell Your Amazon FBA Business

 

Thrasioのビジネスモデル

セラシオ社の急激な成長の要因は、Amazonのマーケットプレイス(インターネット上の取引市場)にあります。

Amazonのアメリカでの想定EC売上高は24兆9600億円で、世界的に見てもAmazonはEC市場のトップにいます。

そこで、セラシオ社はAmazonのマーケットプレイスの中で出店している優良ブランドを買収するビジネスを行っています。

出品者同士の競争が激しくなる中で、買収したブランドの経営資源を統合し、オペレーションを最適化することで事業の相乗効果を生み市場を拡大させます。

中小の出品者は、資金や人材が限られている事業者も多いです。

そこで買収後、広告クリエイティブやマーケティング等のセラシオの専門家がブランドマネジメントを行いブランドの地位向上を目指します。

また、小規模事業者にはハードルが高いAmazonとの折衝力も強みの1つです。

セラシオは2021年5月に日本法人を設立し、本格的に日本市場に参入することが決定しています。

出典リンク:Amazon FBAビジネスを売却する

出典リンク:セラシオ、⽇本市場に本格参⼊へ 270億円をEコマース事業買収の初期投資額に設定

 

参考文献

出典リンク:資生堂、革新的なプレステージ・スキンケアブランド「DRUNK ELEPHANT™」を取得 | ニュースリリース詳細 | 資生堂 企業情報

出典リンク:資生堂2019年度 有価証券報告書

出典リンク:資生堂が買収した米D2Cブランド「ドランク エレファント」が10月に日本上陸

出典リンク:パーソナライズビューティケアFUJIMIを提供するトリコ、ポーラ・オルビスホールディングスにグループ入りのお知らせ。

出典リンク:2年弱で月商2億規模──化粧品大手のポーラがパーソナライズスキンケアのD2Cを買収した狙い | DIAMOND SIGNAL

出典リンク:グループについて | グループの全体像 | ブランドポートフォリオ

出典リンク:【DNVBの事例⑯】ワコールが買収したDNVBインナーウエアブランド・LIVELY – SEEDATA GLOBAL

出典リンク:米国子会社を通じた「Intimates Online, Inc.」社の買収について -DNVB「LIVELY」の取得でEC市場での成長機会の創出と競争力を強化-

出典リンク:Native Deodorant | Clean. Simple. Effective.

出典リンク:P&G は、なぜ D2C ブランドを買収し続けるのか?:「ECとD2Cは伸びている」

出典リンク:P&G has acquired Native natural deodorant brand

出典リンク:コクヨもミツカンも資生堂も。大企業が導入する「3つのD2C」モデル

出典リンク:Procter & Gamble acquires Walker & Company, Tristan Walker will remain as CEO

出典リンクWalker & Company – Making Health & Beauty Simple for People of Color

出典リンク:FemBeat: P&G Acquires Organic Period Care Startup This Is L.