E-commerceのビジネス戦略において最も重要なことの1つが価格設定です。価格はマーケティングのフレームワークとして有名な4Pの1つであるPriceとしても取り扱われています。(Price、Place、Product、Promotion合わせて4Pと称されています)
なぜ価格は重要かというと、価格が売上に直結するからです。客数×客単価で売上は決まりますが、客単価は設定した価格によって決まります。
また、価格は一度決定すると、定期的に変更することが難しいものです。
先程の4PのなかでもPromotionは、多くの施策を実施し、1つ成功する施策があれば売上は大きくあがります。しかし、多くの施策を実施するPromotionと異なり、価格は1つです。
商品を小売に卸している場合、価格を変更すると小売店のオペレーションが増えるため、頻繁に変更することは現実的ではありません。
EC上のみの販売であっても、価格変更は変更の工数が大きく価格変更は最小限に留める必要があります。
販売初期の段階もしくは、テスト段階で価格設定するときに、シミュレーションを十分に重ね、利益を最大化できる価格設定にする必要があります。
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投資回収のタイミングが重要
通販を含む昨今のD2C業界では価格設定がさらに非常に重要になってきています。
なぜかというと、定期通販は初回獲得に広告費をかけるため、初回だけ見ると赤字になっている企業がほとんどです。
そのため、長期間でみて、投資金額を回収できるように設計することが重要です。2~4回目で損益分岐点になる価格設計としています。
通販(定期通販)においては、価格が2パターン存在します。初回価格と2回目以降の価格です。定期通販の場合は初回価格を割引するなどし、顧客に使ってもらいやすくしてもらいます。
初回価格は利益が出ることを目的とするのではなく、初回購入を促すことで、使用していただくユーザーを増やすことに目的があります。
商品が気に入らないものではない限り、解約はされず2ヶ月目までは50~80%ほどは継続されます。
一方、2回目からは価格が一気にあがります。例えば初回、1,980円で販売していたものを2回目からは5,980円となり、1回目と2回目との価格差から高く感じ、継続する人が徐々に減っていきます。
つまり、初回価格が安すぎると、買ってもらいやすくなるが、2回目以降との差額が大きいため、顧客離れが進みやすくなります。
気軽にトライアルをしてもらう一方、2回目以降の価格との差が大きくならないことも重要です。
ちなみに定期通販の商品は、初回の価格が安いため、小売に卸すことは難しくなっていきます。初回価格を大幅に下げて販売しているうちは、小売に卸さずインターネットのみで販売し、売上が伸びた段階で、小売荷降ろし、初回価格も調整します。
このような形で事業を伸ばしたのがエヌオーガニックです。
引用:N organic 公式ページより
競合との比較を意識
初回価格は競合との比較にもなりますので安ければ安いほど良いことは間違いありません。特に高いLTVが見込めるスキンケアのカテゴリでは、初回500円で2回目以降は6980円といった価格設定になっています。
同じカテゴリで、認知度が同程度の商品の比較になると、初回が安いほうがトライアルに寄与していくことは間違いありません。
サプリメントなどでもこのような価格設定がされています。
価格設定における原価項目
商品原価、配送料、広告費を計算したうえで、販売価格、つまり売上を調整します。
この他にもコストになる項目費としては人件費(顧客対応、配送、マーケティング担当)、クレジットカードの決済手数料、ECカートの月額費用や決済手数料がかかるため、事業をする上で考える項目が多く存在します。
売上が伸びたら、売上に応じて増える原価項目と、ほとんど変わらない原価項目があります。人件費は売上が1,000万円のときと10億円のときで大きく変化するわけではありません。
しかし、決済手数料は売上に比例して一定金額がかかってきます。配送料も売上が伸びると配送回数も比例して伸びていきます。そのため、売上に応じて増えていくので、最初に設定を間違うと利益がなかなか出ません。
価格設定における考え方
価格設定はどのように考えていったらよいでしょうか。
価格において考えるべきことは、初回価格よりも2回目以降の価格です。初回価格は都度変更できますが、2回目以降は、利益に関わる部分なので設計を間違えると大変です。
定期通販をはじめた初心者の方は、継続率を高く見積もってしまいますが、はじめてみると実は継続率が高くなく困ってしまうことがあります。
定期通販で初回購入している消費者は、商品のことを非常に気に入る人は稀で、何かの機会があれば簡単に他の商品に切り替えてしまいます。
購入の段階、商品が届いた段階、初めて使った段階、使用し始めて一定期間たった段階で商品へのロイヤルティを高めていく必要があります。
ブランドロイヤルティを高めていくことは他の商品に切り替えないための重要な戦略になります。
定期縛り
初回で価格を安くしている会社、特に初回価格を100円や500円というほぼ0円に近い価格に設定している事業者は”定期縛り”という仕組みを導入しています。
定期縛りとは、1回目の購入をしたら、例えば最低でも4回目までは購入しないといけない仕組みです。
定期縛りを導入することによって、初回は赤字でも2回目以降は通常の価格にすることで利益を確保することができます。
定期縛りの問題点
しかし、定期縛りは消費者にとっては良いとは言えません。初回の安さだけに釣られて購入した消費者のなかには、定期縛りになっていることに気づかずに購入している人もいます。
そのため、定期で購入するつもりはないと消費者庁や自治体や企業にクレームをいれることもあります。
法的には定期縛りは違法ではなく、販売ページに明示してありますが、小さい字までは読まずに買う消費者も多いのは事実です。
年齢を重ねていると小さい文字を読めなくなりますし、定期になっていることに気づかない消費者がいてもおかしくありません。
よって自主的に定期縛りを行わない会社が増えてきています。今後、初回価格を大幅に安くして、定期縛りを導入することが禁止されてもおかしくありません。
価格設定における参考にする指標
価格設定においては、大原則として競合ではなく自社としてどういう売り方をしたいかを考えましょう。長期的に続くビジネスにしたいのか、短期的に大きな収益を上げたいのか、口コミだけで広げていきたいのか、アフィリエイトを活用するのかで大きく手法は変わってきます。
私がオススメするのは、同じカテゴリや類似商品でなくてもいいのでブランドの作り方の思想がにている会社を真似することをおすすめします。
もちろんどの会社もすぐに収益化したいのは当然ですが、カテゴリによっては時間はかかります。メンズスキンケアを展開するバルクオム社は、メンズスキンケアの市場が小さい頃から事業に取り組みはじめました。
BULK HOMMEも売上が伸びるまでに時間がかかりましたが、バルクオム社自身が市場を切り開いたという側面はあります。
よって、市場を開拓することも含めて、事業を作ろうと思っているのであれば、時間がかかることを覚悟してください。
引用:BULK HOMME 公式ページより
すでに大きな市場でコンセプトをずらして売上をすぐに作ろうというのも立派な戦略ですので自身の時間軸を考えて、他社を参考にしましょう。
そのうえで、実行したいプランが類似カテゴリ、類似商品と比較しても大丈夫かということを検討してください。
3,000円で競合が販売しているものを6,000円で販売することは難しいです。カテゴリが成熟するとあるカテゴリの高級ラインはでてきますが、既存の商品よりも高く売ることはなかなか難しいです。
ヘアケアカテゴリにおいても、ドラッグストアの販売価格帯よりも高いものを売ろうとプレミアム戦略をとっていきました。
1つ成功した戦略としてはヘアオイルを売ることで、売価、利益率ともに高い設定にできいましたが、売上額としてはヘアオイルの販売は成功をおさめるものではありませんでした。
一方で、既存のシャンプーの売価を2~3割上げていく戦略はある程度うまくいきました。
しかし、I-ne社が販売したインターネット発のブランドであるBOTANISTは、ドラッグストアで売られるシャンプーの2倍ほどの値段でも売れたため、一気に勢力図が変わりました。
インターネット上であればドラッグストア価格よりも高い値段が売れていましたが、インターネット上で高いシェアを獲得したため、インターネット上と同じ価格のままドラッグストアでも販売することに成功しました。
マスブランドを販売している会社もこのような戦略がとれればよかったのですがベンチャー企業にシェアを奪われる形になりました。
資金調達した会社の価格設定
時間軸の話をしましたが、昨今のD2Cブームに乗っかり、資金調達をしてEC事業をはじめる会社が増えてきています。
資金調達をした会社は、次のラウンドの資金調達もあり、かつ上場もしくはM&Aという出口戦略になるため、会社が伸びていることを示す必要があります。ブランドエクイティを高める時期なので今期は売上が横ばいでしたというのは通用しない世界です。
資金調達した会社のメリットは最初に赤字にでき、投資ができるので新興市場ではシェアを奪うことができます。
ヘアケアブランドのMEDULLAはパーソナライズドヘアケアブランドというコンセプトが新しかったうえに、競合が出た際も投資金額で他社を圧倒し、市場拡大および売上増加を達成しました。
アフィリエイトを駆使し、動画を含めて多くのユーザーを獲得しました。アフィリエイトの報酬金額は1ユーザー獲得あたり1万円を超えていたとしても、キャッシュが調達したお金である程度潤沢にあったことから、ビジネスを伸ばすことができました。
また、価格がある程度高くてもアフィリエイターが獲得することができた、またLTV(Life Time Value)がある程度高かったことからアクセルを一気に踏み、D2C業界で名をあげる起業となりました。パーソナライズド市場における成功例となっています。
引用:MEDULLA 公式ページより
D2Cは利益率が高くなく、売上は在庫に規定されてしまう面もあるため、時価総額がテクノロジー企業に比べてつきにくいところがあるのは事実です。
SaaS関連企業であれば、一度開発してしまえばシステムなので、何社、何人使おうが固定費は変わらないため、ユーザーが伸びれば伸びるほど利益がでます。(厳密にはAWSの費用など重量課金であるが売上に比べて、コストの増加率は低い)
D2Cは大量生産してコストを下げることは重要ですが、コストメリットがあるほどの大量生産は難しい側面はあり、またどんなにがんばってもコストを限りなく0円にすることは難しく、原価率を下げるのは限界があります。
D2C事業者は、アフィリエイトを使う場合は、アフィリエイターが獲得でき、かつその獲得ユーザーが継続できる価格に設定するとよいでしょう。
アフィリエイターがいて、かつ赤字をある程度掘れる状態であれば、売上を伸ばすことは可能です。
そうでない場合は、トランザクションがある程度生まれてから資金調達をするとよいでしょう。最初の生産の段階で調達をすることはあまりオススメしません。するとしても信頼関係のあるエンジェル投資家からうけるようにしましょう。
参照文献
- (2009) Trust-Assuring Arguments in B2C E-commerce: Impact of Content, Source, and Price on Trust, Journal of Management Information Systems, 26:3, 175-206
- X. Wang and C. T. Ng (2018) New retail versus traditional retail in e-commerce: Channel establishment price competition and consumer recognition , Annals of Operations Research, pp. 1-17